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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)9926号 判決

原告

松本義博

ほか一名

被告

松本弦昭

主文

一  被告は、原告松本義博に対し、六〇万七六六四円及び内金五五万七六六四円に対する昭和六二年四月一三日から支払い済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告松本信一に対し、二二二万七八九二円及び内金二〇二万七八九二円に対する昭和六二年四月一三日から支払い済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを二五分し、その二二を原告らの、その余を被告の負担とする。

五  この判決は第一及び第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告松本義博に対し、七一八万八四四〇円及び内金六三八万八四四〇円に対する昭和六二年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告松本信一に対し、一〇九〇万八四一六円及び内金九七〇万八四一六円に対する昭和六二年四月一三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

次の交通事故が発生した(以下、「本件事故」という。)。

(一) 日時 昭和六二に年四月一三日 午前一時五〇分ころ

(二) 場所 大阪市港区夕凪一丁目一七番一三号先路上(市道、以下、「本件事故現場」という。)

(三) 加害車両 普通乗用自動車(登録番号、泉三三そ四五九六号、以下、被告車」という。)

右運転車 被告

(四) 被害車両 普通貨物自動車(登録番号、大阪四〇な一二八号、以下、「原告車」という。)

右運転者 原告松本義博(以下、「原告義博」という。)

右同乗者 原告松本信一(以下、「原告信一」という。)

(五) 事故態様 原告車が南進する予定で、赤信号のため本件事故現場において停止していたところ、被告車が追突した。

2  責任原因

被告は、前方を注視しつつ進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然進行した過失により原告車に追突したものであるから、被告には、前方不注視・脇見運転、ブレーキ操作不適当の過失があり、したがつて、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

3  受傷の状況及び治療経過

本件事故により、原告義博は、頸椎捻挫、原告信一は、頸椎捻挫、腰椎捻挫の各傷害を負い、原告らは、いずれも喜馬外科病院において次のとおりの治療を受けた。

(一) 昭和六二年四月一三日から同年八月一二日まで入院(一二二日)。

(二) 同年八月一三日から昭和六三年一〇月三一日まで、右病院へ通院(通院実日数は、原告義博につき三六〇日、原告信一につき三六二日)。

4  損害

(一) 原告義博の損害

(1) 治療費(原告負担分) 一一六万〇一二二円

(2) 入院雑費 一四万六四〇〇円

一日一二〇〇円の割合で一二二日分。

(3) 通院交通費 一一万五三六〇円

片道一六〇円の割合で通院三六〇日分と入院のための半日分の合計。

(4) 休業損害 三一〇万六五〇〇円

原告らは、本件事故当時、軽四自動車にて中華ラーメンの移動販売を業とするものであり、本行商により月額の売上純利益は自賠法施行令二条別表の年令別平均給与額表に定める原告らの年令に対応する男子平均月額(原告義博は一六万三五〇〇円、原告信一は三三万三一〇〇円)を下らないものであつたところ、原告らはいずれも前記受傷のため、本件事故発生日の昭和六二年四月一三日から昭和六三年一〇月三一日迄の九ケ月間休業を余儀なくされ、その結果、原告義博は三一〇万六五〇〇円の、原告信一は六三二万八九〇〇円の休業損害を被つた。

(5) 入通院慰謝料 二三三万二二五八円

(6) 弁護士費用 八〇万〇〇〇〇円

(以上(1)ないし(6)の合計金額 七六六万〇六四〇円)

(二) 原告信一の損害

(1) 治療費(原告負担分) 一七八万四一五八円

(2) 入院雑費 一四万六四〇〇円

一日一二〇〇円の割合で一二二日分。

(3) 通院交通費 一一万六〇〇〇円

片道一六〇円の割合で通院三六二日分と入院のための半日分の合計。

(4) 休業損害 六三二万八九〇〇円

(5) 入通院慰謝料 二三三万二二五八円

(6) 弁護士費用 一二〇万〇〇〇〇円

(以上(1)ないし(6)の合計金額 一一九〇万七七一六円)

5  損害の填補

被告より、原告義博は四七万二二〇〇円の、原告信一は九九万九三〇〇円の各支払いを受けたからこれを前記損害合計額からそれぞれ控除すると、原告義博の損害残額は七一八万八四四〇円となり、原告信一のそれは一〇九〇万八四一六円となる。

6  結論

よつて、被告に対し、原告義博は七一八万八四四〇円及び内金六三八万八四四〇円、原告信一は一〇九〇万八四一六円及び内金九七〇万八四一六円に対するいずれも不法行為発生の日である昭和六二年四月一三日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び同2の事実は認める。

2  同3の事実のうち、原告らの受傷状況については知らないが、入通院の相当期間については否認する。

本件事故は、極めて軽微な追突事故であり、原告らに頸椎捻挫や腰椎捻挫を生ぜしめる程の衝撃力がそもそも存在しない。

仮に、原告らに何らかの傷害が生じたとしても、本件事故と相当因果関係のある期間は、原告義博につき入院期間は一ないし二週間、通院期間は約一ケ月であり、原告信一につき入院期間は一ないし二週間、通院期間は約二ケ月である。

3  同4の事実は否認する。

4  同5の事実は認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)、及び同2(被告の責任)の各事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、原告らの受傷の有無、本件事故と相当因果関係にある治療期間、特に入院治療の必要性の有無につき当事者間に争いがあるので、以下、これらの点について判断する。

1  本件事故の状況

前記一の争いのない事実に、真正に成立したことにつき当事者間に争いのない乙第一ないし第一四号証、原告車であることにつき争いのない検乙第一ないし第五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる乙第二八号証、及び原告ら本人尋問の各結果(後記の採用しない部分を除く。)によれば次のとおりの事実が認められ、原告ら本人尋問の結果中の右認定に反する部分は前掲他の各証拠に照らして採用し得ず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件事故現場は、歩車道の区別があり、中央をセンターラインで区分された、市街地にある、アスフアルト舗装された片側一車線(南行車線の幅員は約三・四メートル)の平坦な南北道路であり、最高速度は時速三〇キロメートルに制限され、交通量は普通であり、見通しについて被告車の前方は良好であり、現場付近は街路灯で明るく、本件事故当時の天候は曇で路面は乾燥しており、スリツプ痕は発見されなかつた。

被告車は、車長約四・八六メートル、車幅約一・七二メートル、車高約一・四三メートルであり、原告車は、車長約三・一九メートル、車幅約一・三一メートル、車高約一・六二メートルであつた。

本件事故は、右南北道路のうち、南行車線上の、交差点北詰に設置された横断歩道の手前付近で発生した。

(二)  被告は、被告車を運転して、本件事故現場付近を北から南へ向かつて進行中、進路前方約三七・六メートルの地点に後退してくる原告車を認めたのでクラクシヨンを吹鳴して知らせたところ、原告車は約一・六メートル後退して停止したので、被告は原告車の後方に停止すべくブレーキ・ペダルを踏んで速度を落として進行し、二車両の間隔を約一・一メートルにおいて停止しかけたときブレーキ・ペダルから足が離れてしまつたため、オートマチツク車である被告車を時速約一〇キロメートルで発進させてしまい、その結果、停止しきれずに自車前部を原告車後部に追突させたものであるが、原告車は衝突の衝撃により、衝突地点から若干前へ押し出される程度で停止した。

(三)  他方、原告義博は、原告信一を助手席に同乗させ、原告車を運転して、現場交差点を右折するべく一旦交差点内に進入しようとしたが、対面信号が赤色だつたので後退しはじめたとき、被告車が後方からクラクシヨンを吹鳴しながら進行してきたので、原告車は停止して信号待ちしていたところを被告車に追突されたものである。追突時の原告らの姿勢については、いずれも前方を見ていたときに追突されたものである。

原告車にはヘツドレストは装着されてあつた。

原告らは、事故直後には格別怪我はないという状態であつたので、直ちに警察に事故の届出をしたが、届出後もしくは帰宅後あたりから痛み等の症状を訴えるようになり、一旦就寝してから一緒に、後記喜馬病院を受診した。

(四)  被告車の損傷状況は、左ヘツドライト破損、左前角から中央へ八〇センチメートルのバンパー凹損、左前スカート部の擦過痕等であり、原告車のそれは、リアナンバープレート右半部の変形、右リア方向指示器カバー左下角部の欠け、右後角下部(右リアコンビネーシヨン周囲のバツクパネル)の凹損等であつた。また、原告車の修理費は四万円であつた。

(五)  鑑定人佐々木恵の鑑定結果(乙第二八号証)によれば、原被告車両の前記各損傷状況から考えて、原告車の損傷は被告車が追突して生じたとして有り得る状況であることが認められるが、その際の追突状況は、被告車フロントバンパー左角部が原告車のリアナンバープレートの右半部に約六〇センチメートルの衝突幅で当つたと考えられるから、実況見分調書添付の見取り図面(乙第五号証)記載のように原告車は左斜め向きではなく、ほぼ後方からの追突であつたとみてよいというものであつた。

そして、原告らが主張するように原告車が三メートル前へ押しだされたと仮定しその条件で計算した場合でも、追突時に原告車が与えられる速度は時速四ないし八・九五キロメートルの範囲内であり、原告車が追突時間中に与えられる平均加速度は〇・五六七ないし一・二三七Gで、急制動のピーク値くらいであり、乗員の上体はシートバツクに押しつけられ、頭部はヘツドレストレイントに当たる状況になるが、頭部はこのヘツドレストレイントに抑止されてこれ以上に後傾することはなく、従つて、後傾角は可動範囲内の小さい角度であり、与えられる衝撃の影響は小さいと考えられる。

また、頭部最大加速度は二・二九ないし五G、腰部のそれは一・七ないし三・八四Gくらいとされ、これらの数値はピーク値であり衝突中の短時間に現れる程度であるから、乗員は追突によつて上体と共に腰部がシートバツクに押しつけられるが、その後上体が大きく前移動することはなく、もとの位置に戻る程度の前移動はあるが、腰部が前移動する状況にはならないと考えられる。

ところで、原告車の変形量及び部位をみると、原告車は荷台床のように剛性の高い部分に当てられいるのではなく、床下方のバツクパネルとリアナンバープレートを凹ませているのであり、被告車のボンネツト先端は原告車の後扉に当たつているにすぎなく、リアナンバープレートの凹損量も少なく、原告車の内側の剛性の高い部材に被告車のフロントバンパーは当たつていない状況であるから、原告車が三メートル押し出されたものとして計算した実効衝突速度は過大であると思われ、この数値を下回ると考えられるというものであつた。

尚、被告は追突後原告車は追突地点において殆ど前へ押し出されることなく両車両が接した状態で停止したと主張し、それに副う被告の供述記載があるのに対し、原告らはブレーキを踏んでいた状態で原告車は追突により前へ三メートル位進んだと主張し、その旨の原告義博の供述があるが、現場にはブレーキ痕跡が残されていなかつたこと、原告車の損傷は修理費も四万円程度というものであつたこと、前記のとおり鑑定人佐々木恵の鑑定結果によつても原告車の変形量及び部位からみて三メートルも押し出されたものとして衝撃加速度を算出するのは過大であるとの意見が出されていることなどから考えれば、ブレーキをかけた状態で三メートルも前へ押し出されたものとは認めがたいが、原告車の損傷状態からみて衝突地点から殆ど前へ押し出されなかつたものとも認めがたく、若干程度は押し出されたものと推認するのが相当である。

又、原告信一の本人尋問の結果によれば、追突時には右に身体をねじつて振り向いた状態であつた旨の供述をしているが、原告義博は事故のときには前を向いていたと供述し、また隣席の原告信一についても「当たる前は前を向いていた。」と供述していることから、原告信一の右供述は信用できず、原告らはいずれも追突時には前向きの姿勢であつたことが認められる。

以上の認定事実によれば、原告車は停止していたときにほぼ真後ろから被告車に追突されたこと、その際原告らはいずれも前向きの姿勢であり、身体をねじるなど頸椎捻挫や腰椎捻挫を生じやすい不自然な姿勢はとつていなかつたこと、追突時の被告車の速度は時速約一〇キロメートルの低速であつたこと、追突の衝撃により原告車は若干前へ押し出された程度であつたこと、原告車の損傷状態は修理費が四万円程度の比較的軽微なものであつたこと、原告らは事故直後には格別の症状を訴えていなかつたこと、前記のとおり鑑定結果の数値は三メートル前へ押し出されたと仮定した場合でも乗員に与えられる衝撃は小さいと考えられていること等を合わせ考慮すると、衝突によつて原告らが受けた衝撃の影響はさほど強いものではなく小さいものであつたと考えられる。

2  治療経過

いずれも成立に争いのない甲第二ないし第一六号証の各一ないし三、甲第一九ないし第六一号証の各一ないし八、甲第六八ないし第八五号証の各一、二、甲第八六、第八七号証、乙第一ないし第一四号証、及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二〇、第二二、第二八、第二九号証、並びに証人喜馬秀樹の証言、原告らの本人尋問の各結果(いずれも後記の採用しない部分を除く。)によれば、次のとおりの事実が認められ、証人喜馬秀樹の証言及び原告らの本人尋問の各結果中の右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用し得ず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告義博の治療経過

(1) 原告義博は、昭和六二年四月一三日の本件事故当日、一旦帰宅して就寝した後に、大阪市港区三先一丁目一七番四三号所在の喜馬病院を受診し、訴外喜馬秀樹医師の診察を受けたが、その際、原告義博は、吐気・頭痛・めまいを訴えたものの、理学的所見として、握力は右ききで右四〇kg・左四六kg、スパーリングテスト陽性、イートンテスト右陰性、左陽性、知覚は第八頚椎領域に低下を認める以外に異常は認められなかつた。

腱反射は左二頭筋反射の低下を認める以外に異常はなかつた。

左側頚部に圧痛と左肩に運動痛があり、ロンベルグテストにおいて閉眼時に少し揺れが認められ、頚椎レントゲン検査の結果では右側弯及び前弯カーブの硬直に伴う不整が認められ、前後屈時の筋硬直のための運動域の減少があつたので、喜馬医師は、原告義博の傷病名を頚椎捻挫と診断し、頚椎ポリネツク固定を行うとともに、一四日間の安静の必要のために入院の指示を出した。

そこで、原告義博は同日から同年八月一二日迄一二二日間入院し、同月一三日から昭和六三年一〇月三一日迄通院した(実通院日数三六〇日)。

(2) 原告義博の治療内容については、入院当初は絶対安静をとつたが、入院三日目の四月一五日からはホツトパツクとSSP(電気刺激による筋肉マツサージ的な消炎療法)が始められ、四月一六日からグリソン牽引が開始され、これらは退院迄毎日続けられた。その他、消炎、鎮痛剤の内服薬の投与、脳循環改善薬や頚椎循環改善薬の点滴治療、吐気や疼痛を訴えたときは吐気止めの薬や鎮痛剤の投与が行われたが、治療の主たるものはリハビリを中心とした消炎運動療法であつた。

原告義博の症状については、診療録及び看護記録の記載上、四月一四日頚部痛、四月二九日疼痛のため薬剤投与、五月一日吐気あるも嘔吐なしの記載がみられるほかは殆ど毎日簡単に「特変なし」と記載されているにすぎなく、五月二日になつて始めて腰部関係の諸検査が行われ、第五腰椎を中心として周辺の神経が圧迫されている症状が認められたので、同日から腰椎捻挫の診断名が加えられ、腰部にもホツトパツクと牽引の治療が開始されるようになり、五月一五日には腰部神経ブロツクと左腰部アテロームの手術が行われ、その処置は五月二四日まで行われた。

その後は一ないし二週間に一回程度腰痛、頭痛、吐気等を訴える他は「特変なし」の記載がなされているだけである。

退院の前日である八月一一日における検査結果では、スパーリングテスト疑陽性、イートンテスト左側陽性、後頭部から左頚部にかけて攣縮が認められ、握力は右四一kg、左四二kgであつた。

通院治療になつてからも治療内容に殆ど変化はなく、ホツトパツクと牽引のリハビリ治療を通院のたびごとに繰り返すというものであり、その間の症状の推移については所々に腰痛、頚部痛、頭痛等の記載があるだけであり、改善の有無及び程度についての具体的記載は殆どないが、喜馬医師の証言によれば、退院後から同医師が症状固定と診断した昭和六三年一〇月三一日までの約一年二ケ月間における原告義博の自覚症状としての訴えに変化はなく、症状の改善は殆どみられなかつたものの、他覚所見としての筋硬直はかなり改善されてきたというものである。

(3) ところが、鑑定人古村節男京都府立医科大学教授の意見(乙第二九号証)によれば、レントゲンから観察される頚部の運動は良好で、年齢相応であり、第五頚椎における脊椎管前後径は平均より大きく、椎間板や椎体に変化は認められず、前記診療録中(甲第二一号証、昭和六二年四月一三日欄)のレントゲン写真所見の「頚椎の右側弯、前弯カーブ不整、又は硬直化」は、仮にあつたとしても病的意義は殆どないことが認められる。

そして、腰椎所見については前回の事故(昭和五九年二月二九日発生、第五腰椎横突起骨折等の負傷、後遺障害につき第一二級一二号の認定を受けた)による骨病変は完治していると考えられ、レントゲン写真上にも異常は認められず、本件事故により生じているとされる症状および治療内容への影響は殆どないことが認められる。

(二)  原告信一の治療経過

(1) 原告信一は、原告義博と同日喜馬病院を受診し、喜馬医師の診察を受けたが、その際、頚部痛、腰痛、後頭部痛、耳鳴り、吐気を訴え、嘔吐が一回あつた。左側頚部及び後頭部に攣縮を認め、イートンテスト右側陰性・左側陽性、スパーリングテスト陽性、左肩甲上神経に圧痛があり、知覚は左第六・第七頚椎領域で亢進があり、左二頭筋反射に亢進があり、ロンベルグテスト陰性、握力は右ききで右三四kg・左三六kgであつた。

腰部については、左腰椎第四及び右腰椎第五に圧痛があり、知覚と筋力はいずれも右側が低下していた。

その他に頚椎及び腰椎の各レントゲン検査の結果によれば、頚部では右側弯、腰部では前弯カーブに硬直化を認めたので、喜馬医師は、原告信一の傷病名を頚椎捻挫及び腰椎捻挫と診断し、頚椎ポリネツク固定とギブスベツドの処置を行い、二〇日間の安静の必要のために入院の指示をした。

そこで、原告信一は同日から同年八月一二日迄一二二日間入院し、同月一三日から昭和六三年一〇月三一日迄通院した(実通院日数三六二日)。

(2) 以上、原告信一の訴えの内容、諸検査及びレントゲン検査の結果、入通院期間など殆ど原告義博と同じであるが、異なる点は、原告信一は受診当初より腰痛と耳なりを訴えたことである。耳なりについては、喜馬医師は脳循環改善薬を投与したり、四月一四日に標準純音聴力検査をした他は経過観察に終始し、格別耳鼻科の専門医を受診させる必要を認めなかつた。

腰痛については、前記のとおり諸検査の結果、腰椎捻挫と診断され、治療内容も原告義博と殆ど同じであるが、当初より腰部についてもなされている。即ち、四月一五日から頚部及び腰部にホツトパツクが開始され、同月一六日から頚部及び腰部にSSPが開始され、同日よりグリソン牽引も開始され、リハビリ中心の消炎療法が退院迄続けられた。

腰部や頚部の疼痛は原告義博より強く訴えており、四月二一日、四月三〇日及び五月六日に肩甲上神経ブロツクを、五月一三日及び五月二〇日に腰部旁脊椎神経ブロツクを、五月二六日に大後頭孔神経ブロツクを、六月三日、六月一〇日、六月二六日、七月九日、七月一五日、八月一日、八月六日及び八月一二日にいずれも腰部旁脊椎神経ブロツクを、ほぼ一週間に一回位のペースで施行されている。

退院前日の八月一一日の検査結果では、側頚部及び後頚部に攣縮を認めイートンテスト、スパーリングテストは左右ともに陽性、ロンベルグ陰性握力は右ききで右三四kg、左二九kg、腰部については、第四腰椎に圧痛があり、知覚及び筋力ともに右側に低下がみられる。

退院後の治療は、通院の度ごとにホツトパツクと牽引をするほか、一週間に一回位のペースで腰部神経ブロツクを相当長期間施行する等入院中の治療内容と殆ど差異はなく、症状固定の昭和六三年一〇月三一日まで殆ど症状の改善はみられなかつた。

(3) ところで、古村教授の意見によれば、レントゲン所見上、頚椎第五、第六及び同第六、第七のルシユカ関節部に変形性変化が認められ、腰椎第一から第五までの椎間板が狭く、変形性脊椎症に罹患しており、これらの事故前からの変化は治療に幾分影響を与えていることが認められる。

3  以上の認定事実に基づき原告らの入通院治療の相当期間について判断する。

(一)  原告義博についての判断

前記認定の事故状況からみて原告義博に与えた衝撃の程度は小さいものであつたこと、レントゲン検査では頚椎・腰椎ともに異常所見は認められず、前回の事故による骨病変も完治しており、その他の神経学的、握力、圧痛等の諸検査は本人の意思が介在するために純然たる他覚所見とは言いがたく、他覚所見としては極めて乏しいものであり、症状は疼痛やめまい等の本人の愁訴が中心であつたこと、治療内容は入院三日目にホツトパツクと電気治療を、四日目にグリソン牽引を開始するなど、入院初期の絶対安静期間は僅か三ないし四日で終わりその後リハビリ中心の消炎療法を開始していること、しかも右リハビリ中心の治療はその後の長期にわたる入通院期間を通じて殆ど変わらず漫然同一内容の治療を繰り返していること、しかるに原告義博の訴える症状に変化はなく、殆ど症状の改善がみられなかつたこと等を総合すれば、原告義博の受傷は頚部軟部組織の微細な断裂、出血等にとどまる軽度なものであつたことが認められ、この場合、通常一ケ月程度、長くても三月迄には治癒するものとされている。そして、入院の必要性は受傷初期の安静と経過観察のためであるから、二週間程度が相当であると考えられる。

従つて、昭和六二年四月一三日から同月末日までの入院期間とその後の二ケ月間の通院期間とが本件事故と相当因果関係にある治療期間というべきである。

尚、腰部の症状が入院期間を長びかせたか否かについては、腰椎レントゲン検査の結果異常所見は認められていないこと、初診時には腰痛は訴えていなかつたこと、受傷後二〇日経つた五月二日になつて始めて腰椎検査を行つた結果同日より腰部の治療を開始していること、五月一五日に腰部神経ブロツクと左腰部アテロームの手術が行われていること、左腰部アテロームの治療は五月二四日まで行われていること等から考えると、腰部の症状は左腰部アテロームに因つたものか、そうでないとしても本件事故に因つたものとは断じられない。

(二)  原告信一についての判断

判断内容は、原告義博と同じであるが、前記認定のとおり、原告信一には原告義博と異なり、頚椎に事故前からの変形性の変化と腰椎に変形性脊椎症があつたこと、治療内容に頚部及び腰部に神経ブロツクが加えられていること、原告義博より頚部及び腰部の疼痛を強く訴えていたなど症状が重かつたこと等を考慮すると、約一ケ月半の入院期間(昭和六二年四月一三日から同年五月末日迄)と三ケ月間の通院期間とが本件事故と相当因果関係にある治療期間というべきである。

三  損害

1  原告義博の損害

(一)  治療費 二五万八一九四円

前記認定事実及び前掲の甲第三ないし第六号証の各一、二、成立につき争いのない甲第九一号証及び弁論の全趣旨によれば、受傷日の昭和六二年四月一三日から本件事故と相当因果関係の認められる同年六月三〇日迄の治療費合計額は二五万八一九四円となり、右限度で認められる。

〈1〉 昭和六二年四月分 一二万七四八八円

〈2〉 同年五月分 六万六四七八円(一九万〇四七八円から入院の必要性の認められない部屋代一二万四〇〇〇円を除く。)

〈3〉 同年六月分 六万四二二八円(一八万四二二八円から同様部屋代一二万円を除く。)

(二)  入院雑費 二万一六〇〇円

前記認定のとおり、入院治療期間のうち一八日間に限つてその必要性が認められるところ、右期間中一日当たり一二〇〇円程度の支出をしたものと推認されるから、合計二万一六〇〇円を相当損害として認めることができる。

(三)  通院交通費 一万九五二〇円

前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係にある二ケ月間(六一日)、一日当たり往復三二〇円の通院交通費を要したことが推認されるから、合計一万九五二〇円の限度で認めるのが相当である。

(四)  休業損害 四三万〇五五〇円

前記認定事実、後記2(四)における認定事実及び原告義博の本人尋問の結果によれば、原告義博は、本件事故当時、昭和四一年一二月七日生れの二〇歳であり、原告信一とともに中華ラーメン移動販売業に従事していたから、事故さえなければ少なくとも年齢平均給与額表に定める原告義博の年齢に対応する男子平均月額一六万三五〇〇円程度の収入を得ていたはずであるところ、本件事故による受傷のため事故当日の昭和六二年四月一三日から本件事故と相当因果関係の認められる同年六月三〇日迄の七九日間稼働できなかつたから、その間、原告義博の被つた休業損害合計額は四三万〇五五〇円となる。

(算式)

163,500÷30×79=430,550

(五)  慰謝料 三〇万〇〇〇〇円

前記認定の原告義博の本件事故による受傷内容、これと相当因果関係の認められる症状及び同治療期間中の治療状況に、前記認定のその他の事実並びに本件証拠上認められる諸般の事情を合わせ考慮すると、原告義博が本件事故によつて被つた肉体的・精神的苦痛に対する慰謝料は、三〇万円とするのが相当である。

(以上(一)ないし(五)の合計額 一〇二万九八六四円)

2  原告信一の損害

(一)  治療費 七八万五六八六円

前記認定事実、前掲の甲第一一ないし第一四号証の各一、二、甲第一五号証の一ないし三、成立につき争いのない甲第九二号証及び弁論の全趣旨によれば、受傷日の昭和六二年四月一三日から本件事故と相当因果関係の認められる同年八月三一日迄の治療費合計額は七八万五六八六円となり、右限度で認められる。

〈1〉 昭和六二年四月分 二〇万七八八七円

〈2〉 同年五月分 三一万七〇二五円

〈3〉 同年六月分 一〇万一四四七円(三一万一四四七円から入院の必要性の認められない部屋代二一万円を除く。)

〈4〉 同年七月分 一一万九六四三円(三三万六六四三円から同様部屋代二一万七〇〇〇円を除く。)

〈5〉 同年八月分 三万九六八四円(一二万三六八四円から同様部屋代八万四〇〇〇円を除く。)

(二)  入院雑費 五万七六〇〇円

前記認定のとおり、入院治療期間のうち四八日間に限つてその必要性が認められるところ、右期間中一日当たり一二〇〇円程度の支出をしたものと推認されるから、合計五万七六〇〇円を相当損害として認めることができる。

(三)  通院交通費 二万九四四〇円

前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係にある三ケ月間(九二日)、通院交通費として一日当たり往復三二〇円を要したものと推認されるから、合計二万九四四〇円の限度で認めるのが相当である。

(四)  休業損害 一五五万四四六六円

前記認定事実に、成立につき争いのない甲第一号証、甲第一七、第一八号証の各一、二、乙第一五号証、原告信一の本人尋問の結果及び同結果により真正に成立したことが認められる甲第六二号証、甲第六三号証の一ないし五一、甲第六四ないし第六七号証の各一ないし一二、によれば、原告信一は、本件事故当時、昭和五年二月一四日生れの五七歳であり、原告義博とともに中華ラーメンの移動販売業を営んでいたから、事故さえなければ少なくとも自賠法施行令二条別表年齢別平均給与額表に定める原告信一の年齢に対応する男子平均月額三三万三一〇〇円程度の収入を得ていたはずであるところ、本件事故による受傷のため事故当日の昭和六二年四月一三日から本件事故と相当因果関係の認められる同年八月三一日迄の一四〇日間稼働できなかつたから、その間、原告信一の被つた休業損害合計額は一五五万四四六六円となる。

(算式)

333,100÷30×140=1,554,466

(五)  慰謝料 六〇万〇〇〇〇円

前記認定の原告信一の本件事故による受傷内容、これと相当因果関係の認められる症状及び同治療期間中の治療状況に、前記認定のその他の事実並びに本件証拠上認められる諸般の事情を合わせ考慮すると、原告信一が本件事故によつて被つた肉体的・精神的苦痛に対する慰謝料は、六〇万円とするのが相当である。

(以上(一)ないし(五)の合計金額 三〇二万七一九二円)

四  損害の填補

原告義博は四七万二二〇〇円の、原告信一は九九万九三〇〇円の各支払いを被告から受けたことは当事者間に争いのないところ、これらを前記認定の原告らの損害合計額からそれぞれ控除すると、原告義博の損害残額は五五万七六六四円となり、原告信一のそれは二〇二万七八九二円となる。

五  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らが本訴の提起及び追行を原告ら訴訟代理人弁護士に委任し、その費用及び報酬の支払いを約していることが認められるところ、本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らすと、原告らが被告に対して本件事故と相当因果関係にある損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は、原告義博につき五万円、原告信一につき二〇万円と認めるのが相当である。

六  結論

よつて、原告義博の被告に対する本訴請求は弁護士費用五万円を加えた損害合計金額六〇万七六六四円、原告信一のそれは弁護士費用二〇万円を加えた損害合計金額二二二万七八九二円、及び内金五五万七六六四円と内金二〇二万七八九二円に対する不法行為の日である昭和六二年四月一三日から支払い済までいずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 阿部靜枝)

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